哲学的対話の必要性

◇最近の出版状況を見ていると、「哲学」とか「思考」という言葉をタイトルに入れた書籍が目立つ。特にビジネス書において顕著だ。グローバル化が進むにつれ、日本流儀のビジネス常識では通用しなくなりつつあるということだろうか。お互いに腹を割っていれば何とか分かり合えるさと思っているのは日本人特有の感覚で、相手はビジネスをする上で「分かり合う」ということの必要性をそもそも感じていないかもしれない。そんな違和感から哲学の必要性に向かうのではないかと勝手に夢想している。

◇こちらは教育関連の書籍であるが、マシュー・リップマンという「Philosophy for Children (P4C)」の創始者の本を、例によって斜め読みしている。

◇探求の共同体(原著タイトル「Tinking in Education」では、批判的思考と創造的思考の相反する性質が書かれていて興味深い。ニュアンスが分かりやすい英文の方を引用しておく。

Critical thinking often moves in the direction of the construction of algorithms that eliminate the need for judgement, while creative thinking may move in the direction of heuristics such that all that counts is success and not the means by which it is achieved. Algorithms, in the extreme, represent reasoning without judgment, while heuristics, in the extreme, represent judgment without reasoning. (p.275)

◇当然、すぐれた教師はこの二つの側面をうまく統合していくことになる。

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